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2022年2月5日土曜日

ぶぅちゃんのお話



 






ぶぅちゃんがいつ頃からここにいるのか私は知らない。

ボンヤリとした私の記憶では出会った頃はもっと痩せていた気がする。

ぶぅちゃんはレディだからちょっとネーミングが失礼かなとも思うのだけれど、実際私が勝手にそう呼んでいるだけだし「親愛」の情を込めてあえてそんな風に呼んでいる。

今日はぶうちゃん見ないなぁなんて思って歩いていると、地獄耳のぶぅちゃんは足音をちゃんと察知してだみ声を発しながらいつの間にか現れる。

その声や、そのなんとも太ましい姿を見るとホッとする、昨日行きて出会えたとしても今日出会えるかなんて何の保証もないのだから。

ぶぅちゃんのお腹は底なしで、いっぱい食べる。

食べても数分としないうちに食ったことを忘れたんじゃないか?ってくらいに、また食べ物をねだって足元に絡んでくる。

食べること、即ち生きること。

明日は食いっぱぐれるかもしれないのだから食える時には思いっきり食っておく。

それがぶぅちゃんのみならず厳しい環境を生きる野良の流儀だろう。

ぶぅちゃん、また会おうね

別れ際は必ずそう挨拶して家路につく。



2021年11月20日土曜日

聚散十春


 おじいさんは二匹の猫を大切にしていた。

茶虎の子と、黒猫の子と。

黒猫が居ないので尋ねると、海に落ちて死んでしまったと。

潮に流されているのを網ですくったが駄目だったと。

この界隈の猫たちもほとんど絶えてしまったと。

ここに来れば、そこち行けば居て当然だと思っていた小さな命たち

時が押し流してゆく命たちは多いのだと、思い知る。



2018年12月10日月曜日

チャコと、小チャコ




こちゃこ、げんきにしていますか
ここを あるくたびに
あなたのことを おもいだします



もし わたしが しゃしんを とるいみを
みいだすとしたら それは たいそうなことではなく
あなたがいきたそのことを
 じしんに きざむことだと
おもうのです

それは わたしがいきたことを
じしんで たしかめる そういうことだと
おもうのです

2018年12月9日日曜日

2018年10月31日水曜日